激動の昭和 or平成 or令和時代を駆け抜けたプロレスラー達の
入場曲/テーマ曲( =洋楽・インストゥルメンタル)を視聴して、
飛ぶぞ!形変えてしまうぞ!と意気込んでいる方へ一覧(※アイウエオ順)です。


アブドーラザブッチャー入場曲…「吹けよ風 呼べよ嵐」


NHK「ニュースウオッチ9」(19年2月19日放送)で、
アブドーラザブッチャーの引退セレモニーが、取り上げられていて意外でした。

引退セレモニーは、「両国国技館」で開かれた
「ジャイアント馬場没20年追善興行 ~王者の魂~」内で、行われたみたいです。

BGMでも流れていましたが、ブッチャーの入場曲/テーマ曲は、
One of These Days/邦題:吹けよ風、呼べよ嵐(ピンクフロイド/71年)です。
原題に対しての邦題の辻褄が、今でも解りません。




引退セレモニーでの年齢76歳!(しかも当日に試合で飛翔した)のミル・マスカラスや
まさかの(ブッチャー同じく)スキン頭になってしまった武藤敬司や
かつて( =当時77年)、兄弟して滅多打ちの目にあったドリーファンクJRと、
一緒に収まっている写真が映り(視聴していて)何だか嬉しい微笑ましい気分になります。




G馬場も天に召されてから20年の月日が過ぎてしまいました。
衝撃の余り、当日の「東スポ」を即効で購入した当時を思い出します(外は暗く寒い日でした)。

ブッチャーの公称年齢 =78歳みたいですが、
ブッチャー・高木ブー・小林亜星のデブキャラ達は、太っていても長生きです。
(加えて富永一郎も健在と知って驚きです。)
インタビューに答えるブッチャーの顔は、色艶が良いと思いました。

ブッチャーのトレードマークとも言える
頭部の4本ぐらい刻まれている(というか凹んでいる)割れ目も
改めてテレビ画面を凝視すると、生々しさ +痛々しさが凄くダイレクトで伝わって来ます。




One of These Days/邦題:吹けよ風、呼べよ嵐は、
ピンクフロイド脱退後のソロ活動になった現在でも
コンサートツアーでの年間興行収入が、トップ10~20位以内にランクインしてしまう
ロジャーウォーターズのベース音が、超絶不気味&カッコいいです。
(そしてリックライトのオルガンも不気味です。)

90年代に、日テレの番組「ウリナリ」「生ダラ」(どちらか忘れた)で、
プヲタである「ファン0人説」勝俣州和が、ピアノに座って出鱈目の和音で、
ブッチャーの入場曲とか言って、適当に弾いていたのを思い出しました。




ミル・マスカラスの入場曲/テーマ曲「スカイハイ」(ジグソー/77年)と同様に、
自身への洋楽への扉を開いてくれた貴重な楽曲です。


アントニオ猪木の入場曲…炎のファイター



アントニオ猪木自ら出演「モンスト」CMのBGMで流れている
世代問わず多くの国民が耳にしてる皆さん御馴染みと言っても過言では無い
けたたましいホーンセクションの鳴り響くサウンドが、途轍も無く印象的な猪木の入場曲は、
「炎のファイター ~INOKI BOM-BA-YE」(A猪木とザ・ファイターズ/77年)というタイトルです。

ガチでリアルに、一気にボルテージを急上昇させる効力を持つ楽曲です(日本人ならば特に)。




B面には、インストである「炎のファイター」をボサノバ風にアレンジし
なかにし礼の日本語詞を注入し(当時は夫人の)倍賞美津子が歌った「いつも一緒に」です。
ある意味、(散々「炎のファイター」に馴染んだ後だと)破壊力があります。

個人的には、イノキボンバイエ ファイナルミックス/INOKI BOM-BA-YE FINAL MIXという
ディスコとかユーロビート風にリミックスされた企画物CDを所有してました(94年頃購入)。




動画( =YouTube)で視聴できますが、「猪木モノマネ芸人」の第一人者である
「春一番の炎のファイター INOKI BOM-BA-YE Haruichiban-Remix-」も
松村邦洋のビートたけし並みのハイクォリティで、(笑いを凌駕する程)感心してしまいますw





アンドレザジャイアントパンダの入場曲…ジャイアントプレス



日本のプロレスの歴史上、最凶レスラーと言っても過言では無い
アンドレザジャイアントパンダの入場曲も
アンドレザジャイアント( =モンスターロシモフ)と同じ「ジャイアントプレス」です。

不気味な楽曲とパンダの愛嬌との落差が、物凄く可笑しいです。




動物のパンダさん系のプロレスラーと言えば…90年代なら「パンディータ」を思い出しますが、
やはりリング上でファイトしていても(容姿からか)不思議と何だか和みます。


大仁田の入場曲…ワイルドシング



「鉄拳7」回の「有吉ぃぃeeeee!」(19年2月10日放送)で、
所英男ん家で、四天王の一角である田中卓志が、キングを選択して、
オンライン上の相手と対戦する展開となりました。

しかし1本目は、対戦相手に奪われてしまいました。
相手の決め技を見た有吉が、「サンダーファイヤーかな?」と言った時に…
BGMで、Wild Thing/ワイルドシング(X)が流れました。

同時に「※サンダーファイヤー・パワーボム 大仁田厚が若手の頃に多用した技」と、
テロップで表示されましたw







小学校低学年の頃…プロレス大百科で、初めて(全日時代の)大仁田の写真を見た時に、
不二家のペコちゃんを思い出した記憶があります。
紆余曲折あって、現在の大仁田厚の肩書は「引退詐欺師」でしょうか。

Xと言っても(国内の「紅」の方では無くて)米国のパンクバンドみたいで、
映画「メジャーリーグ」(89年)のテーマ曲として有名で、ヘビィなリフが印象に残ります。

以前「ワイルドシング」は、ジミヘンの重苦しいバージョン(67年?)を聴いた事があります。





北尾光司の入場曲…超闘王のテーマ



横綱「双羽黒」を廃業して、しばらく「スポーツ冒険家」wという
オリジナリティな肩書で活動していた北尾光司は、
やはり伝統か…風習か…既定路線か…って感じで、
プロレスラーとしてデビューしました(対ビガロ戦/90年2月)。

大銀杏から(金色メッシュ入りの)角刈りになり、
穿いたパンツの色はイエローで、見事な180度近いイメチェンで、
まさに(北尾こそ)「時は来た、それだけだ…」だと思います。

テレ朝のゴールデンタイムで放送された
「スーパーファイトIN闘強導夢」をリアルタイムで視聴していましたが、
(まず力士時代には有り得ない)ファイティングポーズが、妙に印象に残っていて、
当時も笑ってしまいましたが、今も思い出し笑いしてしまいます。
(因みに…フィニッシュホールドは、ギロチンドロップです。)




で、北尾光司の入場曲「超闘王のテーマ」は、
悪魔と好角家を兼任しているデーモン小暮閣下( =小暮伝衛門)が、作曲しました。

武藤敬司の入場曲「Hold Out」と同様に、速めのシャッフルなテンポで、
観客( =今で言うプヲタ達)が、即効ハイボルテージになれる旋律・サウンドなので、
レスラーの入場曲としては、凄く打って付けだと思います。

北尾のプロレスラーデビュー戦の直後に、「超闘王のテーマ」は、
デーモン閣下のボーカルが入り、バンド( =その他悪魔の構成員)演奏での
ジャパメタ風味の楽曲「THUNDER STORM」(90年)となって、新たに生まれ変わります。




時期的に、「デーモン小暮のオールナイトニッポン」の最終回を思い出します。


獣神サンダーライガーの入場曲…怒りの獣神



「有吉ぃぃeeeee!」(19年5月12日放送)の「フォートナイト」回では、
言葉を太らせる芸人で御馴染みの関太( =タイムマシーン3号の太っている方)ん家へ行く途中で、
四天王は、「薬師あいロード商店街」の煎餅屋「雷神堂」に寄りました。

四天王のリーダー的存在である有吉が、「獣神堂じゃないの?」と言ったら
BGMで、獣神サンダーライガーの入場曲「怒りの獣神」(弘妃由美/89年)が流れました。




初代タイガーマスク( =「タイガーマスク2世」と「新日本プロレス」とのタイアップ)同様に、
アニメとのメディアミックス的展開で、平成元年( =89年)にデビューした
獣神サンダーライガー(“リバプールの風”となった山田恵一は、未だ行方不明のまま)は、
令和2年( =20年)の恒例1・4東京ドーム大会で、引退するみたいです。

まさに「平成」という年号と供に、駆け抜けて行ったレスラーです。
まさかボーカルである弘妃由美でさえ…30年経った現在でも「怒りの獣神」が、
其処彼処のバラエティ番組で、結構な頻度で流れるとは思わなかったかもしれません。
引退した年の「クイズ正解は1年後」には、果たして(カブキと供に)登場するのでしょうか…

当時、「シューティングスタープレス」は勿論の事…
「雪崩式フランケンシュタイナー」「ラケブラーダ」「スターダストプレス」は、革新的な技で、
録画した「ワールドプロレスリング」のビデオテープを(技の部分を)巻き戻して視聴しました。


ハリウッドザコシショウ…タイガーステップ



「水曜日のダウンタウン」(16年12月7日放送)での
「替え歌最強トーナメント 第2弾」2回戦/準決勝の課題曲は、「おどるポンポコリン」でしたが、
ハリウッドザコシショウが、革新的な歌詞に変えて披露し…自身のキャリア的にも見事跳ねました。




【ザコシの「おどるポンポコリン」の替え歌…歌詞とは】


誰でもかれでもみんなタイガーステップするよ♪
リングの外からチョゲっと佐山聡が登場♪

タイガータイガータイガーステップ♪
タイガータイガー佐山ステップ♪
タイガーステップ 佐山聡だよ♪


ハリウッドザコシショウは、インカムマイクを装着して、
誇張した(初代タイガーマスクで御馴染み)「タイガーステップ」をしながらw歌い切り
見事、笑いの四次元殺法として昇華させました。

歌い終わった後も皆が唖然とした空気の中…
誇張した「タイガーステップ」をしばらく続けているのが噴飯物です。

団塊ジュニア/第2次ベビーブーマー世代の男子の多くは、知ってて当然、
ゆとり世代は、知らないであろうwww初代タイガーマスクの正体 =佐山聡です。




ザコシショウは、全国区のTV放送で披露し己の芸人キャリア的に一皮剥けたでしょう。
真のブレイクの瞬間であり、自身の重要なターニングポイントになったと思います。

今後、ザコシの鉄板ネタというか…
猪木で言う所の「卍固め」レベル位の必殺ネタになりうるかもしれません。
そして生で観戦していた(リアルタイムを知らない世代の)ゆとりな中学生達には、
きっとカルチャーショックだったに違いないでしょう。

因みにに芸名は、「ハリウッド塩コショウ」じゃありません。





ディックマードック入場曲…Texas Fight



今回の「有吉ぃぃeeeee!」(19年3月10日放送)は、四天王(̠-タカ)+石田ニコルの組合せで、
和田アキ子のモノマネ「君はそもそも何をされている方なの?」でブレイクした芸人
Mrシャチホコん家で、「ドラゴンボールファイターズ」をプレイした回でした。


トシが、(3名の内の1人を)バーダックに選択して、
関西弁でシャチホコが、「バーダックは、上手い人がよく使いますよ」と言ったら…
すかさず有吉が、「マードックじゃないの?」とプロレスネタをブッ込んで来ましたw

そしてトシが、「マードック? ディックマードックじゃないですよ」
「誰がブレーンバスターやるんですか? 本当に…え、違うでしょ」と返したら…

BGMで、Texas Fight/テキサスファイト(テキサスロングホーンバンド)が流れ
テロップで、「※ディックマードック 日本の各団体を渡り歩いたプロレスラー」と出ましたw




更にトシが、「ディックマードックやってどうするんスか」
「ガチの喧嘩やったら一番強いんじゃないかって言われてるディックマードック」
と追い打ちを掛けて、豆知識をブッ込んで来ましたwww

まさか平成31年に、マードックまでネタで出て来るとは予想外でしたw
個人的には…ガチの喧嘩やらせたら
バッドニュースアレン( =ブラウン)が、一番強いっていう記憶です。

80年代前半に、「ワールドプロレスリング」( =新日本)を視聴していてDマードックは、
ダスティローデス( =キン肉マンのビューティーローデスのモデル)と組んでいたので、
両者の金髪の度合いの強烈さが、ブラウン管通して伝わって来ました。


馳浩の入場曲…Two Hearts



ゲーム番組にも拘らず「有吉ぃぃeeeee!」では、有吉を出発点として、
80年代~バブルネタとかプロレス/格闘技関係ネタが、突発的に飛び交いますw
そして瞬時に、BGMでネタに上がったレスラーの入場曲が流れます。


「鉄拳7」回の「有吉ぃぃeeeee!」(19年2月10日)で、
所英男ん家で、四天王の一角である田中卓志が、キングを選択して、
オンライン上の相手と対戦する展開となりました。

そしてキングが、対戦相手のジャイアントスイングで回されている時に…
有吉が、「馳さん…正体、馳さんじゃない?」とタカに話を振りましたw
笑いながらタカは、「え?大臣やって忙しいのに?」と返しましたw

すると、イラスト付き&テロップで「※馳浩 ジャイアントスイングが得意」と出て、
BGMで、馳浩の入場曲「Two Hearts(American Anthem)」(John Parr/86年)が流れましたw




Tシャツを着た馳浩が、花道を歩いて入場して来る時に、
Two Hearts/トゥーハーツのイントロのホーンセクション&サックスが、
試合会場に、毎試合けたたましく響き渡ります。

しかし「Two Hearts」は、実はインストナンバーでは無くて、
英国出身のJohn Parr/ジョンパーという歌手の力強いボーカル入りの洋楽です。
如何にも80年代な産業ロック的なサウンドで、
フルコーラスで(最後まで)聴くと、パワフルな歌声が堪能できます。


また映画「セントエルモスファイアー」の主題歌となった
「St. Elmo's Fire(Man in Motion)」(85年)もサビの高揚感のあるボーカルが、とても好きです。




馳浩と言えば…「新日本プロレス」所属時代に、
オレンジ色のパンツを穿いていた武藤敬司とタッグを組んで、
スタイナー兄弟と試合をしました(BATTLE FIELD IN 闘強導夢/94年1月4日)。

スコットスタイナーのSSD( =スタイナースクリュードライバー)の餌食となった瞬間…
エゲツ無い(80年代の試合では、お目にかかった事の無い)技にビックリしました。
「息の根を止める」という言葉に相応しい技だと思いました。


それから馳浩の次の所属先である「全日本プロレス」時代で思い出すのは…
初めて全日が「東京ドーム」(98年5月1日)で開催した時の
馳浩 VS 秋山準の「裏投げ」「エクスプロイダー」合戦は、生で観戦していて、物凄く興奮しました。


前田日明の入場曲…キャプチュード



「有吉ぃぃeeeee」(19年2月10日放送)では、河北麻友子をゲストに、
所英男の家で「鉄拳7」をプレイしました。
途中、休息を取って焼き鳥を食べている時に、
有吉達は、所英男宅の壁に貼ってある前田日明のサイン入りポスターに気付きました。


トシが、「前田さんゲームとかやんないスかね?」と言ったら…
有吉が、オンラインの携帯の何か戦争のゲームで、何百万課金して、奥さんに怒られた
と言ってました。

更に有吉は…
課金すると、皆が「すいません お願い 助けてください」って言われるのが、気持ちいいんだってw
と言いました。

そして有吉は、「もう本当、憧れだったわ 俺は」と言いました。
トシが、「いや、僕もそうですね やっぱ 僕もUWF信者ですから」と、
ゲーム番組から掛け離れた格闘トークへと向かいますwww




かつて有吉は、ファイティングネットワーク「リングス」の頃に、
(有吉の地元である広島県で行われた)前田日明のトークショーに、行ったみたいです。

「ヴォルクハン 対 前田日明… 負けちゃった前田さん」
「ヴォルクハンに広島で」と有吉が言ったら…

「膝、悪かったですからね あの頃はね」とトシが、マニアックに対応しますw




前田日明の入場曲であるCaptured/キャプチュード(キャメル/81年)は、
プログレバンドのカッコいいインストです。

同じプログレバンドのインストナンバーで、引退したブッチャーの入場曲である
ピンクフロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」と双璧だと思います。


真壁刀義の入場曲(=ブルーザーブロディ)…移民の歌



「新日本プロレス」の生え抜きレスラー「スイーツ真壁」こと真壁刀義の入場曲は、
IMMIGRANT SONG/邦題移民の歌(レッドツェッペリン/70年)で、
かつて“キングコング”ブルーザーブロディの入場曲でもありました。

真壁刀義( =真壁伸也)は、首に鎖(勝俣州和曰くプラスティック製?)を
巻いているスタイルで、「キングコングニードロップ」を必殺技にしているので、
ブロディの継承者もしくは和製ブロディということでしょうか。



移民の歌



因みに、IMMIGRANT SONG/邦題移民の歌は、
レッドツェッペリンのオリジナルアルバムだと所謂「3」に収録されています。

ミル・マスカラスの入場曲「スカイハイ」(ジグソー)や
A・ブッチャーの入場曲「吹けよ風、呼べよ嵐」(ピンクフロイド)と共に、
洋楽ロックへと、未来永劫ドップリと浸かる切っ掛けとなった曲です。



Immigrant Song (Remaster)



個人的に…ちゃんと購入して「移民の歌」を聴いたレッドツェッペリンのアルバムは、
所謂ベストアルバムである「リマスターズ」(90年)の2枚組版でした。



ベスト・オブ・レッド・ツェッペリン~リマスターズ(完全生産限定スペシャル・プライス)



90年代の「新日本プロレス」のパンフレットに載っていた
グリーンボーイな真壁伸也時代の写真が、今となっては懐かしいです(ついでに吉江豊も)。

まさか(金髪含め)現在の外見・キャラになるとは思いませんでしたし
レスラーと真逆なイメージのスイーツと言う分野で、
お茶の間( =バラエティー番組)に浸透するとは、予想できませんでした。

真壁刀義は、昔よりもスイーツを賞味してからのコメントが、
成長して段々上手くなって来ていて、即効で語彙・フレーズが出て来るので驚きですw

やっぱり格闘家だけあって、耳がギョーザでした。


武藤敬司の入場曲…Hold Out



「フォートナイト」回の「有吉ぃぃeeeee!」(19年5月12日)で、
関太( =タイムマシーン3号の秋元康の方)ん家に行く途中、四天王&足立梨花は、
「薬師あいロード商店街」をブラブラしつつ…たこ焼き屋「丸幸水産」に寄りました。

店頭には、何故かIWGPベルトを巻いたポムポムプリンの縫いぐるみが置いてありますw

なので早速BGMで、「ワールドプロレスリング」のテーマ曲として御馴染みの
The Score/ザ・スコア(ELP/86年)が流れました。




そして闘魂三銃士( =武藤・蝶野・橋本)の頃からプロレスが好きな店員は、
中でもグレート・ムタのファンらしいので、
BGMで、武藤敬司の入場曲「Hold Out」が流れました。

イントロが、耳に入って来た途端に( =花道を歩いて入場して来る時に)、
瞬時に、観客のボルテージが急上昇するプロレスラーの入場テーマ曲の1つだと思います。




若い頃の(未だ頭髪が、割とフサフサしていた)武藤敬司は、
オレンジ or 赤色のタイツ姿で、長身から繰り出す全身バネの様な動きで、
ストロングスタイル =黒タイツを履いたレスラーという概念を打破した
「新日本プロレス」が、新時代に突入した切っ掛けのレスラーの1人だと思います。

しかし後年…まさか武藤敬司が、
スキンヘッド +髭のルックス +ロングタイツの出で立ちになるとは…
佐々木健介のバラエティータレントとして、お茶の間への浸透度位に予想できませんでした。

因みに…武藤敬司は、「Uインター」時代の高田延彦に、
華やかな武藤らしからぬ古典的な技「4の字固め」で勝利します(95年/東京ドーム)。


それから武藤敬司( =素顔/ベビーフェイス)と
グレートムタ( =顔にペインティング&毒切り/ヒール)を使い分ける
言わば、大谷翔平が生まれる前から「二刀流」です。

個人的には、「超戦士 in闘強導夢」(92年1・4)で、
スティングと組んで、スタイナー兄弟と戦った試合の
青色バージョンの顔面ペインティング&コスチュームのグレートムタが好きです。

しかしグレートニタは、全く好きではありません。